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札幌地方裁判所 平成7年(ワ)749号 判決

原告

上道榮一

右訴訟代理人弁護士

中山博之

髙橋智

右訴訟復代理人弁護士

森越壮史郎

被告

南出喜代治

右訴訟代理人弁護士

松浦正典

被告

株式会社パロマ

右代表者代表取締役

小林敏宏

右訴訟代理人弁護士

川村和夫

太田千絵

右訴訟復代理人弁護士

上田文雄

被告

株式会社ほくねん

右代表者代表取締役

菊池為次

右訴訟代理人弁護士

渡辺英一

右訴訟復代理人弁護士

近藤明日子

被告

ホクエイテクノ株式会社

右代表者代表取締役

二階堂芳夫

被告

有限会社ホクエイ・マイリー

右代表者代表取締役

二階堂芳夫

右二名訴訟代理人弁護士

中村仁

石黒敏洋

主文

一  被告株式会社ほくねんは、原告に対し、五四〇一万八一三六円及びこれに対する平成四年四月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告株式会社ほくねんに対する原告のその余の請求及び被告南出喜代治、被告株式会社パロマ、被告ホクエイテクノ株式会社、被告有限会社ホクエイ・マイリーに対する原告の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用のうち、原告と被告株式会社ほくねんとの間に生じたものは八分し、その三を原告の負担とし、その余を被告株式会社ほくねんの負担とし、原告と被告南出喜代治、被告株式会社パロマ、被告ホクエイテクノ株式会社、被告有限会社ホクエイ・マイリーとの間に生じたものは原告の負担とする。

四  この判決は、第一項について、仮に執行することができる。

事実

一  原告の請求

被告らは、原告に対し、各自、八七八五万七七八二円及びこれに対する平成四年四月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の請求原因

1  当事者

(一)  被告株式会社パロマ(以下「被告パロマ」という)は、ガス器具の製造・販売を業とする者である。

(二)  被告株式会社ほくねん(以下「被告ほくねん」という)は、プロパンガスの供給やガス器具の設置工事を業とする者である。

(三)  被告ホクエイテクノ株式会社(以下「被告ホクエイテクノ」という)及び被告有限会社ホクエイ・マイリー(以下「被告ホクエイ・マイリー」という)は、給湯設備の設置・保守・修理等を業とする者である。

(四)  被告南出喜代治(以下「被告南出」という)は、札幌市北区〈番地略〉所在のアパート「ハイツシャルマン」(以下「本件アパート」という)を所有し、賃貸していた者である。

(五)  上道哲夫(昭和三八年四月一四日生、以下「哲夫」という)は、平成四年三月一日、被告南出から、本件アパートの一階七号室(以下「本件居室」という)を賃借していた者である。

2  事故の発生

哲夫は、次の事故(以下「本件事故」という)にあった。

(一)  日時 平成四年四月三日午後八時ころ

(二)  場所 本件居室

(三)  事故の態様・結果

哲夫は、風呂に湯を入れるため、本件居室内に設置されたパロマ製PH一〇一F型プロパン式瞬間湯沸器(以下「本件湯沸器」という)を使用したところ、一酸化炭素が発生して室内に充満し、平成四年四月三日午後八時ころ、急性一酸化炭素中毒により、死亡した。

(四)  事故の原因

本件湯沸器は、内部に強制排気装置を設置し、点火スイッチを入れて湯を沸し始めると、発生した二酸化炭素を排気管から室外に排気し、そのかわりに新鮮な空気を室内に取り入れて、不完全燃焼を防止する仕組になっていた。

ところが、本件湯沸器は、強制排気装置が故障して作動せず、室内の酸素が欠乏し、不完全燃焼を起こし、その結果、一酸化炭素が室内に充満した。

3  被告らの責任

(一)  被告パロマ

(1) 本件湯沸器には、次の瑕疵があった。

① 本件湯沸器の制御基盤のはんだつけ部分にはんだ割れを生じていたため、点火しても、強制排気装置が作動しない状況になっていた。

② 本件湯沸器の強制排気装置が作動しない場合には、安全装置であるガス通路を遮断する装置(排気あふれ防止装置)が作動する仕組になっていたが、追加配線を施して安全装置が機能することなく点火燃焼が継続する状況になっていた。

(2) 被告パロマは、本件湯沸器の製造・販売をしていたものであるから、① 本件湯沸器を製造・販売するに際しては、その安全性を確保し、欠陥・瑕疵のない商品を提供する義務があり、② 本件湯沸器の設置者や施工者に対しては、設置後の保守点検の仕方、商品の買換え時期、故障時の修理の仕方、修理する場合の注意点等を詳細に説明する義務があり、③ 商品の欠陥・瑕疵を原因とする事故が発生した場合には、業者を通じて、商品の安全性を確保するため、事故の情報を提供する義務があるにもかかわらず、これらの注意義務に違反し、前記瑕疵のある本件湯沸器を製造・販売し、保守点検の注意等を説明せず、事故の情報を提供しなかった過失により、本件事故を生じさせた。

(3) 被告パロマが本件湯沸器を製造したものでないとしても、本件湯沸器には、被告パロマの名称が付けられており、取扱説明書や工事説明書にも、被告パロマが製造したものと消費者には理解される表示になっていた。

したがって、被告パロマは、信義則上、本件湯沸器が被告パロマの製造ではない旨の主張は許されない。少なくとも、製造者に準じるものとして、責任を負うべきである。

(二)  被告ほくねん

(1) 被告ほくねんは、プロパンガス供給者として、プロパンガス及びガス器具について専門的かつ高度な知識及び情報を独占し、本件湯沸器の保守点検を請け負っていたから、ガス器具の不完全燃焼などによる事故が起きないように、強制排気装置が燃焼中に停止することがないか、停止した場合には排気あふれ防止装置が作動するか等その安全性を確認する義務があったにもかかわらず、これを怠り、被告南出から本件湯沸器の設置、保守、点検を依頼されながら、本件湯沸器の買換えを勧めることなく、本件湯沸器の前記瑕疵を見逃した、あるいは、前記瑕疵を作り出した過失により、本件事故を生じさせた。

したがって、被告ほくねんは、本件事故について、賠償責任がある。

(2) 被告ほくねんは、従業員が適切な点検・修理を怠った過失により本件事故を生じさせたから、本件事故について、使用者責任がある。

(三)  被告ホクエイテクノ及び被告ホクエイ・マイリー(以下、両者を合わせて、「被告ホクエイら」ということがある)

(1) 被告ホクエイらは、プロパンガスを使用した給湯設備を一般消費者宅に設置し、これを保守・点検・修理していたから、本件湯沸器を設置した際に、前記瑕疵が発生していた場合には、これを発見して本件湯沸器の使用を取り止めさせるか、これを生じないように修理する義務があったのにこれを怠った過失により、本件事故を生じさせた。

(2) 被告ホクエイらは、従業員が適切な点検・修理をしなかった過失により、本件事故を生じさせたから、本件事故について、使用者責任がある。

(四)  被告南出

(1) 被告南出は、本件アパートの所有者及び本件居室の賃貸人であるから、賃借人の賃借家屋内での生命・身体・健康の安全を確保する義務がある。

(2) 被告南出は、右安全確保義務に違反し、本件湯沸器の買換えを節約するために、補修用部品の保存期間である七年間の二倍近い一四年間も老朽化した本件湯沸器を設置し続けたほか、賃借人が安全に使用できるように本件湯沸器の保守点検・修理を行い、ガス漏れ装置などを設置する義務があったにもかかわらず、これを怠った過失により、本件事故を生じさせた。

(3) 仮に、被告南出が本件湯沸器の保守点検を被告ほくねんに委ねていたとしても、被告南出は、賃貸人として当然なすべきガス器具の保守点検義務を履行するに当たり、被告ほくねんを履行補助者として用いた者であるから、免責されない。

(4) 被告南出は、賃貸借契約に基づく安全配慮義務違反、民法七〇九条又は同法七一七条により、本件事故について、賠償責任がある。

4  損害

(一)  哲夫は、本件事故により、次の合計七九八五万七七八二円の損害を被った。

(1) 葬儀費用 一三〇万円

(2) 逸失利益 五五五五万七七八二円

死亡時の年収 五四四万一四〇〇円(平成四年度男子労働者全学歴計賃金センサスによる)

哲夫は、死亡時に、三井観光開発株式会社が経営する札幌パークホテルに勤務し、年収三八八万〇六〇六円を得ていた。右会社は、道内の優良企業であり、定期昇給等も確実であったから、賃金センサス程度の年収を得ることは確実であった。

稼動年数 三九年間(六七歳まで)

中間利息控除 ライプニッツ係数17.017

生活費控除 四〇パーセント

(3) 慰藉料 二三〇〇万円

哲夫は、本件事故時、二八歳の健康な男性であり、近い将来、高橋愉美枝と結婚することが予定されていたのに、本件事故により、自己の意思に反して人生を終わらされた無念さは察するに余りある。右苦痛を慰藉する金額は、二三〇〇万円が相当である。

(二)  相続

哲夫の法定相続人は、父親の原告と実子の上道絵里である。絵里は、相続を放棄した。

(三)  弁護士費用

原告は、原告代理人らに本件訴訟の追行を委任した。その費用は、八〇〇万円が相当である。

(四)  損害総合計 八七八五万七七八二円

5  よって、原告は、被告らに対し、各自、損害賠償金八七八五万七七八二円及びこれに対する本件事故が発生した日の翌日である平成四年四月三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  請求原因の認否及び被告らの主張

(被告パロマ)

1  請求原因1(一)のうち、被告パロマがガス器具の販売を業するものであることは認める。被告パロマは、ガス器具の製造はしていない。本件湯沸器を製造したのは、パロマ工業株式会社である。

2  請求原因2(一)ないし(三)の事実は認める。(四)の事実は不知。

3  請求原因3(一)(1)及び(2)は争う。

4  請求原因4の事実は不知。

5  被告パロマの主張

被告パロマには、以下のとおり、賠償責任はない。

(一) 被告パロマは、パロマサービスショップ(以下「パロマサービス」という)に対し、一般消費者からのパロマ製品の修理を請け負うように依頼している。パロマサービスは、被告パロマから独立した修理業者である。被告ほくねんは、湯沸器の修理技術を持っており、パロマサービスに本件湯沸器の点検を依頼していない。

(二) 本件事故は、安全装置が作動しないように本件湯沸器を改造したことが原因で発生したものである。この改造をパロマサービスが行ったと推測する根拠はない。

(三) 経年変化により、回路にはんだ割れが生じることはやむを得ない。はんだ割れが生じても安全に湯沸器が停止するために安全装置が設計装備されている。

(四) 取扱説明書及び工事説明書に修理方法について説明がないのは当然のことである。故障の際の修理方法については、修理業者及び販売業者に配付するサービス資料で説明している。コントロールボックスの故障に対しては、コントロールボックスの交換を指示しており、追加配線などの改造は指示していない。本件のような安全装置の機能を失わせることになる追加配線による改造は予想してない。したがって、本件のような事例を想定した説明をしていないし、そのこと自体やむをえない。

(五) 被告パロマは、本件事故と同種の事故の発生を知り、その再発を防ぐため、事故の事実を修理業者等に説明している。

(被告ほくねん)

1  請求原因1(二)及び(五)の事実は認める。

2  請求原因2の(一)は不知。(四)は否認。その余は認める。

3  請求原因3(二)の(2)及び(3)は争う。

4  請求原因4の事実は不知。

5  被告ほくねんの主張

(一) 被告ほくねんは、液化石油ガス販売事業者であり、液化石油ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律(以下「液石法」という)の適用を受けるものである。液化石油ガスの販売業者は、液石法三六条により湯沸器等の消費設備の設置につき調査義務が法定されている。

被告ほくねんは、右法律に基づく通商産業省令(法律施行規則)三七条、三八条、右施行規則の規定遵守マニュアルが定める以下の目視による調査義務しか負っていない。

(1) 燃焼器は消費するLPガスに適合していること

(2) アパート等の施設においてはLPガス警報機が設置されていること

(3) 0.85kg/hを超える湯沸器には排気筒が設けられていること

(4) 排気筒の材料は不燃性であること

(5) 排気筒の有効断面積は途中で縮小しないこと

(6) 排気筒の先端は屋外に出ていること

販売業者である被告ほくねんは、これらの調査義務を履行している以上、過失はない。

(二) 本件事故は、本件湯沸器の排気あふれ防止装置が正常に機能しないために生じた。その原因は、コントロールボックスの結線の改造にあった。湯沸器の構造について専門知識を有するものでなければ、右原因を看破することは不可能である。被告ほくねんには、本件事故を予見することができなかった。

(三) 本件湯沸器の欠陥は、被告パロマの責任である。

(1) 本件湯沸器であるパロマ社製PH―一〇一F型ガス湯沸器(以下「本件製品」という)は、それまでの家庭用湯沸器とは異なり、初めて電気回路を有し、強制排気装置を内蔵した小型の新製品であった。被告パロマは、広汎な宣伝を行った。昭和五五年の発売直後から、人気製品となった。

(2) ところが、本件製品について、点火しない、途中で種火が消えるといった苦情が多発した。その原因は、コントロールボックスの電装基盤に欠陥があったためである。

この時点で、被告パロマは、直ちに本件製品のリコールをすべきであった。ところが、被告パロマは、パロマサービスに対し、コントロールボックスの交換修理で対応させた。

(3) コントロールボックスの在庫がなかったため、パロマサービスは、コントロールボックスの交換に代え、本件のようにコントロールボックスの外部の端子を電線でバイパス改造することで応急的な修理対応をした。

右修理により、電装基盤の不備による点火不良を回避できたし、強制排気装置への通電が遮断されない限り排気装置も作動する状態であった。

(4) その後、コントロールボックスを交換すれば問題はなかった。しかし、パロマサービスの中には、コントロールボックスを交換しないまま放置した地域がある。そこでは、本件湯沸器のように、経年的変化によって排気装置モーターにはんだ割れが生じ、通電が妨げられると、点火中であるにもかかわらず、排気ファンが作動しない現象が生じることになった。

(5) 本件事故以外にも、同種の事故は、昭和六二年一月八日に苫小牧市のアパートで(コンセントが電源に入っていない例である)、平成二年一二月一一日に帯広のアパートで、平成七年一月一一日に恵庭市のアパートで発生している。

(被告ホクエイ)

1  請求原因1(三)の事実は否認する。

被告ホクエイテクノは、給水工事を業とする者である。被告ホクエイ・マイリーは、給水修理工事を業とする者である。

2  請求原因2の事実は認める。

3  請求原因3(三)(1)ないし(3)は争う。

ただし、被告ホクエイテクノが本件居室に本件湯沸器を設置したことは認める。

被告ホクエイテクノ(当時の商号・北栄住宅設備株式会社)は、本件アパートの元請業者である株式会社三五工務店から、本件湯沸器の給水管・給湯管の設置工事を下請け、本件湯沸器を備え付けた。しかし、本件湯沸器の保守・点検業務を請け負ってはいない。被告ホクエイ・マイリーは、本件湯沸器の設置と関係がない。

4  請求原因4の事実は不知。

(被告南出)

1  請求原因1(四)及び(五)の事実は認める。

2  請求原因2の事実は認める。

3  請求原因3(四)の(1)は義務があることは認めるが、(2)ないし(4)は争う。

本件アパートは、昭和五六年ころ、新築した。そのとき、本件湯沸器を設置した。その後、入居者が替わるたびに、被告ほくねんに対し、本件湯沸器の点検を依頼しているし、被告ほくねんには、本件湯沸器の定期点検も依頼している。哲夫が入居する前の平成四年二月ころにも、被告ほくねんに対し、本件湯沸器の点検を依頼した。

被告南出は、専門業者である被告ほくねんに対し、本件湯沸器の点検を依頼しているから、賃貸人及び所有者として必要な安全確保義務を履行している。

4  請求原因4の事実は不知。

四  証拠

本件記録中の証拠目録記載のとおりである。

理由

一  事実関係

当事者間に争いがない事実に、本件証拠(甲二、三の1、2、四、一〇、一二ないし一五、乙イ一、二の1ないし6、三ないし八、乙ロ一ないし四、乙ハ一ないし一一、一五ないし一七、証人遊佐正則、被告株式会社ほくねん代表者)並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  本件湯沸器の設置・保守・管理等について

(一)  被告南出は、昭和五六年一一月ころ、株式会社三五工務店に発注して本件アパートを新築した。本件湯沸器は、給湯工事を下請した被告ホクエイテクノ(当時の商号・北栄住宅設備株式会社)が昭和五六年一〇月三〇日に設置したものである。

(二)  被告南出は、本件アパートを賃貸した。本件アパートで使用するプロパンガスは、被告ほくねんが供給した。

(三)  被告南出は、本件アパートに設置した湯沸器の修理を被告ホクエイテクノやパロマサービスにも依頼していたが、平成元年ころから、湯沸器の修理や保守点検をもっぱら被告ほくねんに依頼するようになった。被告ほくねんは、ガス器具の修理について部品をパロマサービスから取り寄せる等して自ら修理するほか、パロマサービスに修理を依頼することもあった。

(四)  被告ほくねんは、被告南出の依頼を受けて、本件アパートの湯沸器について、二年に一度の定期点検を行うとともに、賃借人が交替する度に必要な点検を行っていた。

(五)  本件湯沸器は、昭和五五年ころ、被告パロマが発売した製品である。初めて電気回路を備え強制排気装置を内蔵した小型のアパート用の湯沸器であった。安全装置としては、パイロット安全装置(パイロットバーナーの炎が消えたとき、安全装置が働いて自動的にガスが止まる装置である)、過熱防止装置、水抜きせん兼安全弁、排気あふれ防止装置(排気筒がつまったり、排気ファンが正常に回転しない場合、湯沸器を使い始めて数分後に安全装置が作動してガス通路を遮断する装置である)、過電流防止装置を備えていた。

なお、被告パロマが作成した本件湯沸器の取扱説明書には、利用者に対して、設置後の機能を維持してより長く安全に使用するため二年に一度程度の割合で定期的に診断をすることを勧めており、定期診断は、販売店、被告パロマの営業所又は被告パロマ指定のサービスショップに申し込む旨の記載がある。

2  本件事故の発生等について

(一)  哲夫は、被告南出から、平成四年三月一日より本件居室を賃借して居住した。

(二)  被告南出は、本件居室に設置した本件湯沸器についても、被告ほくねんに対し、二年に一度の定期点検と賃借人の交替時の点検を依頼していた。哲夫に賃借するに際しても、被告ほくねんに本件湯沸器の点検を依頼した。

(三)  被告ほくねんは、平成四年二月二七日、哲夫の立会いを得て、本件湯沸器の点検を行った。本件湯沸器について、異常・不備の指摘はなかった。

(四)  哲夫は、平成四年三月三一日、朝起きたら激しい頭痛がすると訴えて、鈴木脳神経外科で診察を受けている。採血検査やCT検査を受けたが、異常はなかった。

(五)  平成四年四月三日、哲夫は、職場の同僚であった高橋愉美枝とともに本件居室に帰った。風呂に湯を入れるため、本件湯沸器を点火した。ところが、本件湯沸器が不完全燃焼し、同日午後八時ころ、急性一酸化炭素中毒により、死亡した。

3  本件事故の原因について

(一)  本件湯沸器は、コントロールボックスの制御基盤のはんだつけ部分に程度の差はあるがはんだ割れが生じている。しかし、コントロールボックスの端子台を結ぶ追加配線が取り付けられた改造(以下「本件改造」という)によって、はんだ割れによる不通電にもかかわらず、点火燃焼が可能な状況になっている。同時に、本件改造により、本件湯沸器に取り付けられた安全装置にバイパスの回路ができて安全装置が作動しない状況になっている。

なお、本件改造が平成四年三月一日以降に哲夫により施工されたことを認めるに足りる証拠はない。

(二)  本件湯沸器の強制排気ファンは、排気ファンに通電する制御基盤のはんだつけ部分のはんだ割れの具合で、熱膨張や配線の引き回し加減によって、通電したり通電しなかったりして、回転したり、停止したりする状態になっていた。

(三)  本件湯沸器は、本来、排気ファンが停止すると、排気あふれ装置が作動してガスが遮断されて、停止する仕組みになっている。ところが、本件改造の結果、排気ファンが停止しても、排気あふれ防止装置によって本件湯沸器は停止しない状態になっていた。本件湯沸器は、不完全燃焼を続けて、一酸化炭素を発生させることになる。

(四)  本件事故は、本件湯沸器が、右のような状況で、排気ファンが停止しても、排気あふれ防止装置により停止せず、不完全燃焼を続けた結果、生じたものと推認される。

(五)  なお、北海道LPガス協会は、平成八年三月、協会の会員に対し、「パロマ社製強制排気式湯沸器の点検確認のお願い」と題する書面を配付し、この書面に平成七年一月に強制排気ファンが回らなければ燃焼しないはずの湯沸器が、修理時にコントロールボックス部の端子台で配線を変更したことが原因で、排気ファンが回らずに燃焼使用ができたため、排気ガスが屋内に充満し女子高校生が一酸化炭素中毒で重症を負う事故が発生したこと、この配線変更は、修理時にコントロールボックスが手元になかったため、交換までの応急措置として、端子台での配線を変更し燃焼できる状態にしたものが、そのまま交換されなかったものと思われることを記載したうえで、事故の再発防止のため該当のパロマ社製強制排気式湯沸器がある場合は、留意のうえ点検確認をお願いする旨通知している。

以上の事実が認められる。

二  被告らの責任原因

前記一で認定した事実を前提に被告らの責任原因を検討する。

1 被告パロマの責任

(一) 原告らは、本件湯沸器には、はんだ割れにより強制排気装置が作動しない瑕疵と追加配線を施して安全装置が機能することなく点火燃焼する瑕疵があった旨主張する。

しかし、原告主張の瑕疵を認めることはできない。その理由は、次のとおりである。

(1)  本件湯沸器で使用されたはんだが通常のガス器具で使用されるはんだより耐久性に劣っていたとか、湯沸器では通常より耐久性の勝るはんだを使用することが可能でありそうすべきであったとかの事情を認めるに足りる証拠はないし、もともと、本件湯沸器は、強制排気装置が作動しなければ排気あふれ防止装置によって燃焼が停止される仕組みになっていたから、本件湯沸器のはんだつけ部分にはんだ割れが生じたことをもって、本件湯沸器の販売時の瑕疵である、と認めることはできない。

(2)  また、追加配線により安全装置が作動することなく点火燃焼するようになった点については、販売当時に追加配線が施されたものではないし、販売当時に右のような追加配線が施工されることが予想できた、とも認められないから、追加配線がされたことをもって、本件湯沸器の販売当時の瑕疵である、と認めることはできない。

(二) とすれば、被告パロマが原告主張のような内容の瑕疵のある欠陥商品を販売提供したことを前提にする被告パロマの賠償責任は肯定できない。また、右のような危険な追加配線をする修理が実施されることをあらかじめ予測できた、との事情を認めるに足りる証拠もないから、本件のような追加配線の危険やその実施を禁止する説明をする義務が生じていた、と認めることもできない。商品の欠陥を原因とする事故が生じた場合にその情報を提供する義務についても、本件事故の発生を阻止できる時期に本件のような事故が発生するおそれのあることを知らせる情報が提供できた、と認めるに足りる証拠はない。

(三) したがって、原告の被告パロマに対する請求は理由がない。

2 被告ほくねんの責任

(一) 前記認定の事実によれば、被告ほくねんは、プロパンガスの供給業者であり、ガス器具の点検修理を業としていた者であって、本件湯沸器についても、被告南出の依頼に基づき、二年毎の定期点検を行うほか、平成四年二月二七日にも、哲夫が本件居宅を賃借にするに際し、定期点検を行っている(この時点で、すでに本件改造がなされていた、と推認できる)から、本件湯沸器の使用者のために本件湯沸器の安全性を確認点検する注意義務があったにもかかわらず、本件湯沸器のコントロールボックスの端子台に追加配線がされていることや、コントロールボックスの制御基盤のはんだつけ部分にはんだ割れが生じている、ないし生じるおそれがあることを発見できなかった過失により、本件事故を生じさせた、と認めるのが相当である。

(二) 被告ほくねんは、右過失がなかった旨争うが、被告ほくねんの主張は、以下のとおり、採用できない。

(1)  被告ほくねんは、液石法三六条により液化石油ガスの販売業者の調査義務が法定されており、右法律に基づく規則、規則遵守マニュアルにより目視の注意義務しか負わない旨主張する。

しかし、液石法等に定める義務が目視義務のみを定めているか否か自体問題であるし、仮に液石法等の規定が目視義務のみを定めているとしても、賃貸人からガス器具の点検を依頼されたプロパンガス販売業者の使用者に対する民事上の賠償責任を取締規定の目視義務に限定する理由はない(まして、プロパンガス業界の協会が定めたマニュアルに不法行為責任を限定する法的効力はない)。

(2)  被告ほくねんは、本件改造について、湯沸器の構造に専門的知識を有するものでなければ、その原因を発見することは不可能であった旨主張する。

しかし、追加配線を施した本件改造は、本件湯沸器の正面カバーを取り外せば発見できるし(甲第一五号証参照)、被告ほくねんがプロパンガス器具の修理業者であり、安全性についての専門的知識を有することが期待されることを考慮すれば、本件改造を発見し、その危険性を認識することは可能であった、と認めるべきである。

(3) 被告ほくねんは、本件湯沸器の欠陥は被告パロマの責任である旨主張する。

仮に、本件改造を行わなければならない原因が本件湯沸器の欠陥にあり、被告パロマが賠償責任を負う関係にある、としても、前記(一)で認定した、平成四年二月二七日の点検において本件改造を発見確認できなかった被告ほくねんの過失を否定することはできない(被告ほくねんの右主張は、哲夫に対する関係で損害賠償義務を免れる事情ではなく、哲夫に対する損害賠償義務を最終的に被告ほくねんと被告パロマとの間でどちらがどれだけ負担するかで問題になるに過ぎない)。

(三)  したがって、被告ほくねんは、本件事故により生じた損害を賠償する責任がある。

3  被告ホクエイらの責任

(一)  被告ホクエイテクノは、本件湯沸器を設置したものであるが、設置当時に本件湯沸器に瑕疵があった、との事実は認められないし、その後、被告ホクエイテクノが本件改造に関与した、あるいは本件改造を発見できた、との事実を認めるに足りる証拠はない。

(二)  被告ホクエイ・マイリーが本件湯沸器の設置や修理点検に関係した、との事実は認められない。

(三)  したがって、原告の被告ホクエイらに対する請求は理由がない。

4 被告南出の責任

(一) 被告南出は、本件居宅を哲夫に賃貸しているから、哲夫に対して賃貸した本件居宅での安全を確保する義務(安全配慮義務)を負うことは肯定できる(被告南出も賃貸人が一般的に右義務を負っていることは認める)。しかし、被告南出は、ガス設備に関する専門家ではなく、賃貸人自らがガス器具を整備点検することを期待することはできないから、点検を依頼した専門業者の点検に疑問があることが認識できるような特段の事情がある場合を除いて、ガス設備に関する安全性の確保については、ガス設備に関する専門業者に依頼することで右説示の安全を確保する義務は履行された(必要な点検が施行されている限り、ガス器具が老朽化していることのみをもって直ちに買換え義務が発生する、と解することはできない)、と解するのが相当である。

(二) 被告南出は、前記認定のとおり、専門業者の被告ほくねんに対し、本件居宅のガス設備について、二年に一度の定期点検を依頼するほか、賃借人が交替するたびに点検を依頼しており、本件居宅を哲夫に賃貸するに際しても、平成四年二月二七日に本件湯沸器を含めたガス設備に関する点検を被告ほくねんに依頼しているから、被告ほくねんの点検が不十分であることが認識できた等の特段の事情を認めるに足りる証拠のない本件において、被告南出は、賃貸人として求められる安全確認義務を履行しており、過失はない、と認めるのが相当である。

(三) 本件湯沸器は、土地の工作物と認めることができないし、哲夫が占有していた、と認められるから、被告南出は、民法七一七条の責任を負わない。

(四)  したがって、原告の被告南出に対する請求も理由がない。

三  損害

原告は、本件事故により、次のとおり、合計五四〇一万八一三六円の損害賠償請求権を取得した、と認められる。

1  葬儀費用 一〇〇万円

哲夫の葬儀費用は、一〇〇万円が相当と認める。

2  哲夫の逸失利益 三三〇一万八一三六円

(一)  哲夫の平成三年度の年収は、三八八万〇六〇六円である、と認められる(甲第八号証)。

(二)  哲夫は、本件事故当時、二八歳であったから、六七歳になるまでの三九年間、稼動できた、と認める。

(三)  中間利息控除、ライプニッツ係数17.017

(四)  生活費控除は、五〇パーセントが相当である。

(五)  とすれば、哲夫の逸失利益は、次のとおり、三三〇一万八一三六円と計算される。

計算式 388万606円×17.017×(1−0.5)=3301万8136円

3  慰藉料 一五〇〇万円

哲夫の慰藉料は、諸般の事情を考慮して、一五〇〇万円が相当と認める。

4  1ないし3の損害額 四九〇一万八一三六円

5  相続

哲夫の法定相続人は、父親の原告と子の上道絵里であるが、絵里は、相続を放棄した(甲第四、第五号証)。

したがって、原告が哲夫の権利義務をすべて相続により承継した、と認められる。

6  弁護士費用 五〇〇万円

本件事案の内容・難易、請求額、認容額、及び訴訟追行の経過等を考慮すれば、原告の負担する訴訟費用のうち五〇〇万円が被告ほくねんの行為と相当因果関係がある損害と認める。

7  認容額 五四〇一万八一三六円

四  結論

よって、原告の請求は、被告ほくねんに対して、五四〇一万八一三六円及びこれに対する本件事故が発生した日の翌日である平成四年四月三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので認容し、被告ほくねんに対するその余の請求及び被告パロマ、被告ホクエイテクノ、被告ホクエイ・マイリー、被告南出に対する請求はいずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法六一条、六四条を、仮執行の宣言について、同法二五九条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小林正明 裁判官小濱浩庸 裁判官鵜飼万貴子)

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